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真実の弾道

― 賞金王・藤田寛之が初めて語る、自らの来た道―

Photographer © Taku Miyamoto

HIROYUKI FUJITA

第 8 回30代後半からの常勝 ―― 練習の虫

■葛城で繰り返すパッティング練習

僕は2003年からほぼコンスタントに年間1勝を挙げ、2008年ごろからは出場した大会の半数近くでトップ10に食い込むようになった。ずっと憧れていた全盛期の芹澤さんのステディな勝ち方に近づいたわけだが、アスリートにとっては下り坂の30代後半から伸びたので、よくその秘訣を尋ねられた。これに答えるのは難しい。僕は常に、その時々に必要とされることをやってきただけで、「これで強くなった」という特効薬はないのだ。ただ一つ、明らかに変わった点がある。それは、僕が定める目線の位置だ。

僕が初めて出場した海外メジャーは2005年の全英オープン。この時はメジャーに出場するだけで嬉しく、そこで上位を目指すことなど考えもしなかった。この頃の僕の目線は、あくまで国内ツアー優勝に向けられていたからだ。しかし、2009年に出場した全米プロゴルフ選手権あたりから僕の気持ちは大きく変化した。この時は初日から17位タイと調子がよく、予選通過だけではちっとも喜べない自分がいたのだ。3日目まで何とか26位タイと踏ん張っていたが、最終日に崩れて、結局56位タイで終わってしまった。
それが、本当に悔しかった。
いつの間にか、僕の目線の先には「海外メジャーでもっと上に行く」という新たな目標が据えられていたのだ。

■30代後半から始めた週2回のウエイトトレーニング

もう一つ、ちょっと感情的な話をしよう。僕は海外メジャーに出場すると、自分が日本人であることを少し意識する。普段は国籍などまったく意識しないが、メジャーの舞台では「僕は日本代表としてここにいる」と感じる瞬間があるのだ。だから、上位者の名が刻まれるスコアボードに日本人の名前がないのは悔しく、何とかしてここに日の丸と自分の名前を刻みたいと思ってしまった。そう思ったら、あとはシンプルだ。トレーニングで身体を強くし、もっともっと練習し、海外メジャーで要求される身体と技術と精神を造り上げるだけである。

ここ数年、僕はゴルフの練習のほかに、シーズンオフには週2回のウエイトトレーニング、週2回のフィールドトレーニング、週1回の有酸素運動を積み重ねている。ウエイトトレーニングはダンベルやマシンを使って行い、フィールドトレーニングは重いゴムのボールを投げたり、ステップを踏んだり、ミニハードルを飛ぶといった100種類にも及ぶメニューの中から必要なものを組み合わせて行っている。いずれもホームコースの葛城で早朝に実施し、それから練習場で100~150球程度ボールを打つ。2月以降は徐々にラウンドも増やし、自分自身をしっかりとゴルフに馴染ませる。芹澤さんや仲間とともに集中合宿も行うし、時には海岸で走り込みも行っている。これらはすべて、自分の身体を維持するためのトレーニングであり、海外メジャーという高みに挑戦するには不十分ではないかと不安もよぎる。

■トレーニングの一環で、砂浜を駆け上がる藤田

不安 ――そう、メンタルの管理は身体トレーニングよりずっと難しい。僕はプロ入り以降、ずっと不安を持ち続けていると述べたが、こうした気持ちはオフシーズンに強まる傾向がある。今は調子が良くても急に駄目になるのではないか。これだけ頑張っても結果が伴わないのではないか。多くの人に支えられているのに、その期待に応えられないのではないか。
これらはすべて将来に対する不安で、プロゴルファーに限らず、誰もが日々、抱えているものだろう。もちろん、生きていく上では、過去を悔やむことも未来を恐れることも意味はなく、ただ<現在>に全力を尽くすしかないことは十分、分かっている。だが、頭では分かっていても、時に後悔や不安を抱えつつ生きていくのが人間なのだと思う。

■トレーニングコーチの指導の下、
集中的に行うフィールドトレーニング

僕自身、不安を完全になくすのは不可能だ。ただ、ゴルフを通じて、「技術さえあればこの不安を乗り越えていける」という信念を持つことができた。だから、僕は練習に没頭するのだ。もし、一週間が8日あったなら、僕はあと一日、トレーニングに費やすだろう。そして、もし1週間が9日だったら、最後の一日は不安を感じることなく休むことができるかもしれない。

不安がりなくせに、常に挑戦者であろうとする僕は、こうやって”練習の虫”として生きていくしかないのである。

 

次回:夢の舞台―― 初めてのマスターズ 4月3日(水)更新

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